服部先生曰く、食卓での「しつけ」がその子どもを律する重要な教育になる、との事でしたが、少々お笑い、お話しが過ぎるのは目をつむりましょう。
こんにちは。
さくらです。すっかり秋、秋といえば食!(私の場合は1年中ですが、@@;)ということで、今回は食育あらため、食「卓」育の話をしたいと思います。
先日、料理研究家であり、医師でもある服部先生の講演を録画したテレビ番組を見かけました。残念ながら、私が見た時には講演も終わりの方でしたので、その日のテーマが「食育」である事はかろうじて分かったのですが、話題の中心が何であるか、よくわかりませんでした。
でも、その短い話の中で、「なるほど!」と膝を打ってしまった話がありました。
と言っても、今の私の育児に、ちょうど合った内容だったからで、服部先生が言わんとしていた事から、私の想像が膨らんで、少し筋が違ってしまっているかもしれません。あしからず。
その時の話は、食事をしながらテレビを見る家庭が約6~7割、見たり見なかったりが2~3割、全く見ないという家庭は1割に満たないという内容でした。
食事をしながら、テレビを見ていると・・・・
☆何を口にしているかの意識が希薄になる。美味しさも減少しているのでは?
☆話題がテレビの内容に関することになる。子どもの様子を聞き出すチャンスを逃しているのでは?
☆しつけをするタイミングを失う。子どものマナー違反も見落としてしまうのでは?
☆好き嫌いも見逃してしまう。親があれこれと言うことで、栄養のバランスや食事の意味を知るのでは?
だから、是非「テレビを消して食卓を囲んでください」、といった見解を述べておられました。ふんふん、なるほどね。そこでハタと膝を打った訳です。
でも、子ども達が話している内に、楽しい話だけではない日もやって来ます。
話しながら、怒り出したり、泣き出したり、あるいは口数が妙に少ない日など、そんな時、子どもの口からストレスが吐き出されて来るイメージを思い浮かべてしまいます。
でも、話すだけ話すと、どこかすっきりした表情になって、「食後にミカン食べていい?」と聞いたりして。我が家にとっては、食卓がリフレッシュする場なのかなと実感しているのです。
口数が少ない日は、あとから部屋に行って、「ママ疲れちゃったから、このベッドでゴロゴロしちゃおっかな~」と、暫く傍に居ることもあります。
そんな毎日の子どもの変化、そういえば、私は食卓を囲んで子どもの様子をさりげなく観察しているのです。もし、子どもにとっても、食卓が気持ちを整理できる場所であるといいな、と願いながら。
更に、育児雑誌を読んでいたら、勉強ができる子は、よく食卓で宿題をしていると書いてありました。「声に出したい日本語」で著名な斎藤孝先生も、食卓勉強を薦めています。
親は子どもの様子を知る事ができるし、子どもは分からない箇所があれば、ちょっと質問できる。逆に部屋に入ってしまえば、別の事をしていても分から ないという安心感から、勉強や質問が後回しになってしまう。そうすると、小学生が集中力を持続できる30分間さえできず、集中力が途切れてしまうそうで す。
テレビなしの食事、食卓勉強、いずれにしても親にとっては、手が掛かる方へと向かう訳です。特にテレビを消す為には、「自分の事を話す」習慣がないと、まず勇気が要りますよね。母親がその日にあった面白いことでも話してみるというのはいかがでしょうか。
まとまりなく書いてしまいましたが、食卓で子どもが育つ「食卓育」、どこかで誰かの少しのヒントになれば嬉しいです。
さくら
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